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鎌倉七口 鎌倉五山

  2026.3.10 北鎌倉6時30分スタート 名越の切通しを抜けてバス停16時と約10時間で回る、歩いた距離は16Km

鎌倉七口、亀ケ坂、巨福呂坂、化粧坂、釈迦堂、大仏、朝比奈、名越の巡に回った。途中途中にに鎌倉五山の門前を訪ねた。
鎌倉五山 鎌倉時代末期、北条氏が取り入れ室町時代に入り三代目足利義満の時代に決定、臨済宗の五大寺院
建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺の五山。古代中国の禅宗寺院の格式を表したものを習った

北鎌倉駅はなんとまぁド田舎の無人駅の様相

円覚寺

浄智寺

亀ケ坂切通し


亀が転がる程急坂と言うが?道は簡易舗装がされて生活道路に成っていたがいつの日か車はダメに成った

道路を戻り建長寺、かなり大きな境内。

先のトンネルが巨福呂坂切通の現在の姿、先に進んで回り込んだが古道は無い。

道祖神にしんこう塚。鎌倉時代には有った様だが、今は無い様で先は行き止まり。寿福寺の道に戻る

寿福寺 右側の境内の道を直進、突き当りを左、素掘りのトンネルを左に見て進む

太田道灌の墓が有った。先のお墓の横から尾根道に上がり源氏山に登る




源氏山から化粧坂切通はすぐ下。化粧坂を下って登って戻る、大仏ハイキングコースの尾根歩きなんだが眺望は無し
新田義忠が化粧坂を登って鎌倉に攻め入って幕府を倒したそうな

化粧坂(けわい)と読むそうな、切通と言うかつづら折れの登山道,この道が千年近く人が歩いていると思うとすごい歴史だ

化粧坂を登って源氏公園から来た道に戻り大仏ハイキングコースに戻る。
江の島の海の眺望が出来ると気分が良いが霧雨や曇りのお天気。気まくれにに見えた


いよいよ大仏切通に近ずく、長谷隧道の上まで来た


トンネルの入り口の近くまで下るが直ぐに急階段を登る

大仏切通しと言うより大仏峠、切通のイメージは無い



鎌倉大仏まで下って来た。門前に鎌倉駅行きのバスが、あぁ助かった

鎌倉大仏から鎌倉駅、路線バスを乗り換えて釜沢八景行きで鎌倉霊園で下車

朝比奈峠まで歩く、霊園の中をこっそり歩いて尾根筋に出ると薄い踏み跡



尾根道から下の切通を覗き見た場所、


朝比奈切通し、一番の見どころに成りました正午過ぎても霧雨でお天気んは恵まれなかった。


歩道はかなりの広さで切通も明るい

朝比奈切通を終えて十二社神社前のバス停で路線バスに乗る、浄明寺前で降りる。

浄明寺の反対側の上り坂を進む。とても狭く案内も無い巡礼古道の入り口

狭い擁壁の山側を登ると石窟仏像、その先の山道に康甲塚の数々
庚申塚(こうしんずか)が正しい様だ。道教に由来する庚申信仰にもとずいて建てられた
石塔で村境などの青面金剛や三猿が彫られた石碑に添えられた。


巡礼古道の先で浅間山ここで下山して釈迦堂切通しに向かう


浅間山の先ピンクリボンが目印、ここを右に釈迦堂切通に向かう為下山

釈迦堂切通しは崩落の危険で近寄れないので通りぬけは叶わず


名越切通しの案内は出たがまだ先、曼荼羅堂を過ぎてから、でも距離はそんなに無い、

釈迦堂切通から町中を抜けて尾根道の巡礼街道に戻り大切岸に、下に石切り場跡、


やっとたどり着いた名越切通し。



この先20m位で住宅の生活道路にでてびっくり、バス停は調べていたがかなり高い場所を切り開いた高台
道路に降りるための階段に驚いた3回も下りながら折れ曲がる、住民はちょっとね、
さて1日の走行距離がヤマレコで26Km、そんなに山道を歩けるはず無いぞ!、バスに乗った距離が約10km
その分を引くと16Kmに成る。それでも多い。脹脛の筋肉痛、腰の筋肉痛と4日もいじめられた、
長い一日だった。6月の仏果山の怨念で9か月も膝に悩まされたが自転車通勤で克服、7月の木曽駒ヶ岳が楽しみだ

鎌倉と言えば大仏に鶴岡八幡宮ですね。調べると面白い。

西暦1243年木造の大仏竣工。それから10年後鎌倉幕府が安定してきた。金銅製の銅像に作り替え。大仏殿、大仏を覆う屋根。
鎌倉幕府滅亡後1498年に大仏殿は台風、大津波倒壊、今の露座に成る。


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鶴岡八幡宮  鎌倉幕府



武運の神様 広神天皇(十五代天皇)神功皇后 比売神の三柱の神を祭る


流鏑馬、破魔矢を始めたのが鶴岡八幡宮だそうな

鎌倉幕府  

源頼朝


源頼朝が開闢 1180年から北条政子が没する1225年までこの地で執政


源頼朝の墓

三浦氏の墓。北条政子没後,時の執政者は鎌倉幕府擁立の立役者が邪魔に成り滅ぼす

三浦氏に助成した大江広元の墓。

島津家の墓

若宮大路に新しい幕府庁舎を建てる